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SOSの記憶
ワシがアマチュア無線の免許を取ったのは中2のときで、同学年ではワシが最初であった。かと言って別に人さまに自慢するようなことでもないわけで、親友はともかくとして、他にとくべつ誰かに話したりしたということもなかったんだけど、夏休みの自由課題の提出に難渋し、つい「ZLスペシャルの研究」などという、タイトルだけ見たら理科の先生もひっくり返るようなレポートを堂々出したりしたため、知らず知らずのうちに、ワシはイッパシのアマチュア無線家として見られていたのかもわからん。
中3のある日のことだ。その日の英語の授業は、ちょうどタイタニック号が沈んで行くってなテーマのところにさしかかっていて、まぁそこで「SOS」が教科書ページに出てきたわけではあった。なかなかドキドキする話だもんだから、その日の授業はわりと皆、きちんと盛り上がっていたように思う。そこで先生はこう言った。
「SOSをモールスでどうやるか、知ってるか」
この先生はあまり生徒に好かれておらず、この時も、なんだかオレは大人だから知ってるけど、お前らガキだから知らへんだろみたいなニュアンスが漂いまくっていて、日ごろ反感を抱いている悪ガキどもが、売られた喧嘩を買うチャンス到来とばかりにこう言った。
「伊藤が知ってます。」
...(--;)。お前らはアマチュア無線家ってのは一種類しかないと思っとるかも知れんが、何を隠そうオレは電話級だぞ。と思ったが、女子どもも「伊藤くんが知ってます知ってます」などとクチグチに言い、売られた喧嘩を買っといてやったから、お前支払いせぇと言わんばかりの、思いっきり期待の瞳があっちこっちから電話級のオレに向けられている以上、逃げるわけには行かんようになってもうた。
さて困った。おれはモールスは知らんが、SOSぐらいは実は知っている。問題はオレが素直に
「ととと つーつーつー ととと」
などと言えば、てめぇらはきっと、モールスの深遠さに思いを致すことなく、おそらく爆笑するであらふ。なにしろ「ととと つーつーつー ととと」は、音感としてマヌケ過ぎる。アマチュア無線とモールスの名誉などどうでも良いが、この場の雰囲気として、誰一人がっかりさせたりしてはならぬと言うより、なにしろオレ自身がプライドだけは天より高い15歳だ。
そこでオレは席も立つことなく、ハスに構えてニヒルな表情を保ったまま、シブくこう言った。
「ん・・・。短点三つ。長点三つ。短点三つ。」
なんとなく専門用語でカッコよかったらしい(ばき)。級友の「おおお」というどよめきとともにおれの株は高騰した(と思うが)。先生はおそらく「ととと・・・」と言えれば良いほうだとみくびっていたのであろう。あるいは自身がそういう言い方しか知らんかったであろう。ちと沈黙が続いた。理解でけへんかったのかも知れない。なんとなくがっかりした様子で「そうだな」と言って黒板に「・・・ --- ・・・」と書いた。柔道部の顧問だったが、板書はやたらと丁寧な先生だった。そんな丁寧に書いとったら、船が沈んでしまうやないけとオレは思った。みんなは面白がってノートに書いたりした。
そんなもんノート取ってどうすんねんと、あくまでハスに構えたオレが、SとO以外のモールスをマスターしたのはそれから10年後であるw。